令和6年度 ふれあい推進リーダー研修会に参加しました

2025年2月22日の午前、南部梅郷公民館にて開催された「令和6年度 ふれあい推進リーダー研修会」に参加してきました。この研修会は、地域のふれあいを推進し、南部地区の各団体同士の連携を深めることを目的としたものです。講師には野田市総務部総務課 市史編さん担当の宮崎等主任主査を迎え、「南部地区の歴史 ~山崎・今上の民俗~」というテーマで講義が行われました。

南部地区の歴史と民俗

今回の研修で特に印象に残ったのは、野田市が江戸川と利根川に囲まれた地理的特性を持ち、さらに運河が作られたことで「緑と水の街」として発展してきたことです。この水運を活用して木材や醤油の輸送が盛んに行われ、結果として野田市は醤油産業を中心とした企業城下町として成長していきました。私たちが普段何気なく目にしている風景の背景には、こうした長い歴史があるのだと改めて実感しました。

また、山崎貝塚の発掘調査によって、時代ごとに海由来や川由来の痕跡が確認されていることや、26,000年前にはすでに人々がこの地に定住していた証拠があるという話には驚かされました。普段何気なく歩いている土地にも、長い歴史があるのだと改めて実感しました。

興味深かった神主としての視点

講師を務めた宮崎氏は、市の職員でありながら神社の神主もされているという異色の経歴をお持ちでした。普段なかなか神主の方と接する機会はないため、歴史だけでなく、神社にまつわる話も大変興味深く聞かせていただきました。

質疑応答での気づき

研修の最後には質疑応答の時間があり、私は「芽吹大橋(めふきおおはし)」の名前の由来について、「めふき」の漢字が橋名と地名で異なる理由を質問しました。この橋は野田市と茨城県坂東市を結ぶ重要な橋ですが、地名としては「目吹」が使われているのに対し、橋の名前には「芽」が使われているという違いがあります。

講師の説明と、その後インターネットで調べたことを踏まえると…

橋の名称は公募によって決定されました。多数の応募の中から選ばれた「芽吹大橋」は、橋が架かる野田市目吹の地名「目吹」と同音であること、そして、地域の発展に対する「夢」や「希望」を象徴する言葉として「芽吹」が採用されたとのことです。「目吹」という地名は、過去の出来事である鎌倉権五郎景正の故事に由来しますが「芽吹」という言葉には、未来に向けて発展していく地域の姿が重ねられています。つまり、「芽吹大橋」には、地域の歴史と未来への願いが込められているのです。

PTA活動にどう活かせるか

この研修会で得た知識が直接PTA活動に結びつくことは少ないかもしれません。しかし、研修で学んだことを子どもたちに伝え、地域の歴史に興味を持ってもらうきっかけを作ることはできると感じました。日常的に使っている道や建物が、どのような歴史を持っているのかを知ることは、自分が住む地域に対する愛着を深めることにもつながると思います。

今回の研修で得た知識を、子どもたちや保護者の皆さんと共有し、地域に対する関心を高める一助になれば嬉しいです。

用意されていた資料は非常に有益な内容であるため、こちらで共有します。もし共有に問題がある場合には山崎小PTAまでご連絡ください。

投稿者 [会長] 常盤